休学中の京大生である「私」は自分を振った「水尾さん」を研究と称し、彼女の観察を続ける日々。クリスマス間近い京都を舞台に、男の無駄の妄想が繰り広げられる。
人気上昇中の森見登美彦の日本ファンタジー大賞受賞のデビュー作。
出版社:新潮社(新潮文庫)
本作は、妄想バリバリ炸裂の冴えない理系大学生の独白小説である。
その独白の内容がもう爆笑ものである。小説でここまで笑うのは僕にとってはめずらしいことだ。ともかくも笑わせてもらった。
文体は実にこってりとしていて、知性に裏打ちされているのはわかるのだが、ありえないくらい自我が肥大していて、頭でっかちにも程がある。強烈に個性的だ。
そしてその文体によって、自分は選ばれた人間なんだ、という強い自尊心と、世間的な冷静な視点とのギャップが鮮明に浮かび上がってくる。その姿が最高に楽しい。
個人的にはビデオ屋の部分がお気に入りだ。そこで展開される論理とエロDVDを借りるという落差の激しさ、アホとしか言いようがない。つうか最高にくだらない。
でもそういう世界観は大好きで、あっという間に引き込まれてしまった。
文体以外でも、本作の登場人物が実に個性的なのも目を引く。
アホな独白をくりひろげる主人公はもちろんのこと、友人たちも個性的だ。そしてそのもてない男たちが織り成す、いかにもなもてない行動。
僕も妄想癖は激しい方だと思うが、ケンタッキーの店員の身の上話はここまで細かに考えていつまでも引っ張ったりしない(それに類することはするけれど)。鴨川等間隔の法則に対する挑戦といい、男汁全開の飲み会といい、「砂漠の俺作戦」といい、これでは絶対もてないでしょう。
最高にアホで楽しいやつらだ。大好きである。
しかしそんな彼らもわりかし繊細である。
主人公の友人の高藪などは女に惚れられて逃げ出すというナイーブささえ見せている。主人公も実はさびしがり屋で誰かにかまってほしいと願うことだってある。それに主人公、実はいいやつで、元カノを狙っている男の恋の手助けまでしている(その後、すぐ嫉妬するけど)。
主人公はストーカーをしたり、妄想が激しかったりするが、友人はいて、バイトの描写を見てもそんなにつきあいの悪いところも見えない。ただナイーブなために、妄想という自分の城を持ち、高く壁を囲っているという印象を受ける。
そしてそういった主人公のゆえか、ラスト付近で叙情とセンチメンタリズムが混じった展開へと至るのが印象深い。
個人的には太陽の塔が立つ無人駅で遠藤と交わす会話のシーンが好きだ。ラストの思い出を振り返るシーンももちろん美しい。
そしてその叙情的なシーンの中、太陽の塔というメタファーを通して、恋の終わりを明確に描き出している。その美しく、どこか悲しげで叙情にあふれたラストが切なさあふれて、読後はなんとも爽やかであった。
ともかくもさすが、ファンタジーノベル大賞、奥が深い作品を選んだものだ。一読の価値あり。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
この辺の感覚は、北大の卒業生たちが同窓の後輩(法学部卒)佐川光晴氏が描くところの、札幌や北大キャンパス周辺の青春小説(『おれのおばさん』他)を支持する感情に似ているかもしれません。
つまり、本作同様 地方大学に学ぶ若者たちの青春を活写する小説に対するニーズは、確実に存在するということです。例えば、名大生の名古屋、東北大生の仙台、九大生の福岡、・・・等々。
「解説」の本上まなみ。大阪府茨木市出身・池坊短大(京都市)卒の彼女は、「へもい男子学生による独白小説」と本作を喝破していますが、その通り!